SPECIAL

スペシャル

TVアニメ「ヴィンランド・サガ」

トルケル役 大塚明夫
インタビュー

やりがいのある役、トルケル

――まず、本作に触れたときの感想からお聞かせいただけますか。

大塚
いや~面白い作品ですね! 僕らがあまり知らないような世界を描く、いわばヨーロッパの時代劇といったところでしょうか。作中に登場する用語ひとつを取っても興味深く読ませていただきました。アングロサクソンやローマの侵攻なんて、はるか昔に習ったきりでしたし、一口にヨーロッパの人々と言っても、そこにはさまざまな対立があったことも想像できます。特にトルケルは宗教観と死生観が他の人間とは明確に異なっているので、それをきちんと表現できると面白いなと思っています。

――オーディションの際、最初はトルケル役をどのような考えで演じていきましたか。

大塚
僕たち演者は演じる時にまず、このキャラクターからはどんな音が出るんだろうか、と考えます。自分の場合、その肉体からどんな音が出たらその絵と馴染むのかを探っていくんですよ。トルケルの場合は体こそ大きいものの、中身は子供っぽいところもありますから、ライオンのような声を出すのではないかと考えました。顔が細くて上の方に抜けていくような髪型、その風貌に沿った、力んでいない感じの音が出るように演じてみたんです。コメディ担当で可愛いところもあるので、低い音一点張りにならないよう特に気をつけて臨みました。

――その後、トルケルの内面を掘り下げていったかと思いますが、大塚さんはトルケルをどのようなキャラクターだと理解されましたか?

大塚
トルケルは先程申したようにコメディ担当でもありますが、圧倒的な力を持ったキャラクターですよね。熊をサバ折りして殺してしまうような人間離れした人物像を、会話の噛み合わない感じで表現していきたいと考えました。とにかく異質な存在でなければならないし、他のみんなと考えていることが違うというところが役作りにおける一番のポイントですね。多くの人が悔しさや怖さを感じるところでも、トルケルは同じような感情を抱きません。それではトルケルはどこに悔しさや怖さを感じるのか、その基準を探っていくことがトルケル像をはっきりさせられるかどうかの境目だと考えています。

――先程、宗教観、死生観も他の人間と違うとお話されていましたね。

大塚
特に印象に残っているのは、多くの人は生き延びたいがために降参したり裏切ったりしますが、トルケルや子分たちはそんなことはしません。戦って死ぬことこそが、彼らにとって正義なんです。だから、トルケル率いる集団、命を省みない人間たちの異質さをみんなで作っていきたいですね。

――トルケル軍団といえば、頭領が破天荒な割には皆しっかりと戦士の価値観を持ち、統率された集団という印象を受けます。

大塚
トルケルについていく人間が多い理由もなんとなく分かるんですよ。トルケルは単に見境のない戦闘狂ではなく、トルケルなりの法律がきちんとあって、自分と決闘するトルフィンを「笑うな!」と子分を叱りつけたりもします。自分の認めた戦士に対する礼儀は払う。そういう芯が通っているところが支持される理由でしょうか。叱られた子分はメゴッと潰されちゃうんですけどね(笑)。

――あのシーンはトルケルの人物像がよく分かるシーンの一つですね。

大塚
自分の担当するキャラクターの法律は何なのか、時間をかけて分析して、演じて、作っていくという作業ができるのがシリーズ作品の楽しみでもあります。話が進むに連れ、役への理解も深まるし他の役者さんとの呼吸も合ってきます。そうするとますます作品の世界観が体感できるようになってくるし、どんどん面白くなっていくんですよ。
実写ではとても言えないような台詞を発せる楽しさ

――そのように掘り下げ、深めていったトルケルを実際に演じてみた印象はいかがでしょうか。

大塚
感情や表情の制御を全くせず、恥ずかしくもなくやれるかどうかがトルケルを演じる際の肝なのかもしれないと思いました。普通、大人って表情や感情は自分で制御していくものだと考えて、表情を出さなくなりますよね。でもトルケルはそういうことを全く考えていないから、泣いたり笑ったり怒ったり、心の中がそのまま顔に出ている。これが実写で自分の姿がそのまま映されるとなったら、とても言えなかったかもしれない。でもアニメキャラクターであれば堂々と言える。そこがアニメに声を当てる声優という職業の面白みだと僕は思います。トルケルなんて実写ではとても言えないような台詞ばかりで、子どもに返ったような気持ちになれてとても楽しかったです。一方で、アシェラッドのようにリアルな描かれ方をしているキャラクターもひとつの作品に同居しているのがまた面白いと思います。

――その対極的な描かれ方のアシェラッドと対決をされました。お芝居のやりとりはどのようなようすでしたか?

大塚
アシェラッドとの会話で、トルケルが野放図に振る舞うと、どうしても少し外す感じになります。そこが面白いですね。例えばアシェラッドが痛烈な皮肉をトルケルに放ったとしても、トルケルは皮肉と分からず平然としているでしょう。トルケルはアシェラッドに「お前の手下ほとんど殺しちゃったけど水に流せよ。仲良くやろうぜ」なんて言ったりしますが、それだけのことをされたら、「お前、何言ってるんだ。俺の部下を皆殺しにしておいて!」と反発するのが普通の人の反応でしょう。でもそうはなりません。ものさしが全然違うんですよね。

――通常、人間同士のコミュニケーションは相手の言うことを受け止めるなどして、理解のもとに話を進めていきますが、共感を求めない芝居をするというのはいかがでしたか。

大塚
面白いですよ。通常、争いというのは双方の利益が相反して起きるものですが、トルケルの場合、普通の人とは価値観が異なっていますので、起こるはずの争いが起こらないし、起こらないはずの争いが起きてしまう。そのかけ違いを作っていくという芝居のやりがいがあります。ただ、それを現場の役者同士で作り上げいくのは大変といえば大変ですね。自分が音頭をとっている現場ではないし、なかなか思い通りにいかないことも多いんです。そんな中でも息詰まる瞬間みたいなのが生まれたりするのはとても楽しいですよ。受け手が想像するであろう演技を、トルケルとしてどう壊していくかも考えています。これはテストでやってボツになったのですが、無抵抗のトルグリムがトルケルに交渉しようとするシーンで、台本にはトルケルの台詞は「……」と書いてありました。そこをずっと「ウ〜〜〜ム」と唸ってみたんです。トルグリムが何を言っても通じていない、価値観が違う感じが出るかと思いテストの時にそうしてみましたが、ちょっとやりすぎと思われたらしくて(笑)。でも、そんな風にいろいろ試してみていますね。

――「……」と書かれた沈黙なんて、何もすることがないのかと思いきや、いくらでも工夫できるものなんですね。

大塚
そうですね。それを採用するかどうか決めるのはディレクターの仕事ですが、役者としてはそこを繰り出してみるんです。「テストだからやっちゃえ」みたいに、若いときと比べたら図々しくやってますよ(笑)。面白ければ拾ってくれるし、少しでも工夫できないかなと思って、もがいてみるのが楽しいといったところでしょうか。このシーンについてはこの作品、トルケルというキャラクターだからこそチャレンジしてみたいという気持ちが湧いたとも言えますが、役者としては普段から「想定外の演技を提示したい」という思いがいつもあって、自然と挑戦してみたくなるんですよね。
上村くんのトルフィンは雑味のない、真っ直ぐな演技

――監督や音響監督とはどのようなお話をなさっていますか。

大塚
好き放題やりすぎとか言われてますね(笑)。でも先輩たちが切磋琢磨して作品の個性を作り上げていく現場を見てきたので、やっぱりそれを踏襲したくなってしまうんですよ。僕らの世代は大平透さんや納谷悟朗さん、山田康雄さんなど錚々たるメンバーに囲まれて声の仕事を始めました。昔の人達はやっぱり自己主張がすごいんですよ。それぞれの個性がひしめきあっていろいろな味が出て、作品が面白くなっていくんです。「あいつがこうやるんだったら俺はこういう風にやって」、というように、先輩方は他とは異なる演技をしようと心がけていました。僕は先輩たちに揉まれ、自分の出来なさはよく分かっていました。でも未熟さが分かっているからこそ、それをバネにして頑張れたんです。だから今、若手の子と現場に一緒になった時はいい目標になれるよう、なるべく頑張っているんですよ。

――この作品の現場はベテランの役者が多いですが、若手の皆さんはいかがでしょうか?

大塚
個人的に言わせてもらうと、主人公の上村(祐翔)くんに僕はとても好感を持ってます。我々の仕事はどうしてもアニメーションの流れ、動きに台詞を合わせよう合わせようと意識しすぎるがあまり、雑味を感じることがあります。ですが、彼の演技からはそういう意識を感じません。真っ直ぐな演技をしているんです。まるで台詞を収録した後から絵を作ったように聞こえるんですよ。上村くんについてはガヤ(群衆のセリフ)に入ろうとするのを止めたこともあります。「お前さんの仕事はそこじゃない。みんながこうやって盛り上げてくれているということをきちんと背負って、自分の台詞を言うべきだよ」と。

――アフレコは収録ではあるものの、演じている方々にとってはあくまでライブな舞台であることが伝わってきます。

大塚
そうですね、きっと若手のみんなもそう感じてくれてるからあの熱量や緊張感、空気感のある良い現場になっているのではないでしょうか。でももうちょっと攻めて絡んできてもいいんですよ? 年を取ると寂しがりになりますからね(笑)。