SPECIAL

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TVアニメ「ヴィンランド・サガ」

トールズ役 松田健一郎
インタビュー

かつて「ヨームの戦鬼(トロル)」と呼ばれた冷酷な戦士だったトールズ。そんな彼が妻・ヘルガと出会い、トルフィンという子を授かった後に「本当の戦士」とは何かを知る。強さと愛を兼ね備えた彼であったが、それゆえに自らの命を捧げトルフィンたちを守り抜くという形で最期を遂げてしまう……。そのトールズを演じた声優・松田健一郎さんにどんな思いで役に向かい、そして演じていったのかを伺いました。

「やっとここにたどり着けた」という感動

――松田さんが原作に触れたのはどのタイミングでしたか?

松田
アフタヌーンKC版の第1巻が発売されたときに店頭で手に取りました。幸村先生の作品は以前から好きで、新しい作品が出てると気づいて「これは買いだな」と(笑)。先生の作品の根底にはいつも「愛」がテーマとしてあるんですよね。生きることの方が難しい世界を描きつつも、登場人物たちを通して「愛」というテーマを描いているところに魅力を感じます。

――この作品の場合、その魅力はどこから感じられましたか?

松田
言ってしまえば、父親であるトールズが死んで初めてトルフィンの物語が始まるんですよね。それが始まってからもまだ序章であるかのように、トルフィンが父親のような「本当の戦士とは何か」に気づくまでを描いていく。トルフィンはまだ憎しみしか抱えていないなか、アシェラッド、トルケル、それからクヌートといった魅力的な登場人物と出会って関わり、影響を与え合っていく姿が非常に魅力的に感じます。

――お読みになったときに気になったキャラクターは?

松田
最初はビョルンがいいなと思って、コミックスを読みながら実際にセリフを読んだりもしていたのですが、できることならトールズのような人物も演じてみたいなという気持ちもあり、こちらも実は練習していました(笑)。魅力的なセリフは職業柄、どうしても声に出して言いたくなりますね。

――そんな松田さんにとって、オーディションのご連絡があったときのお気持ちはいかがでしたか?

松田
「いいの!? 俺、受けていいの、この役!」って(笑)。受かるかどうか分からないけれど、アニメ化されたあかつきにはぜひ観たいなとは思っていました(笑)。今まで、いくつも逃してばかりいたので、ようやく自分が追いかけていた作品にたどり着けるかもしれないという気持ちでしたね。

――オーディションにはどのように臨まれましたか?

松田
自分の中にあるトールズ像をできる限り込めようと思いました。慈愛に溢れている、でもただの強さではない何か、ですかね。いただいたオーディション資料の中にあるトールズの言葉を、どういう気持ちで言ったのか、この時の心境はどうなのか、どういう状況であったのかを、コミックスを思い出しながら収録しました。トールズの場合は「本当の戦士」ですから、何か深くとらえどころのない、おそらく普通の人間だったら到底たどり着くことのできない境地にいる人。言ってしまえば愛そのものというか、超越者というか、そういう存在かなと思います。ヨームの戦士団にいた時のトールズは、周りに対してあまり興味がなく無頓着で、戦って生きていただけの人間だったのですが、それゆえに愛を手に入れたことによって、愛そのものに染まったのかなと思いました。

――そして、オーディションでトールズ役を射止めたときの率直なお気持ちを教えてください。

松田
ありきたりな表現になってしまいますが、本当に信じられない気持ちでした。「やっとここにたどり着けた」という感動もありましたね。ただ、作品の大きさや他のキャストの方のお名前を見ると、収録現場に行くのにはなかなか覚悟を要するものがありました(笑)。役者としてはやりがいあるなとは思いつつも、半端なことをやったら怒られてしまうぞと(笑)。
「お前に敵などいない」という言葉で伝えたかったこと

――台本を受け取ってから初回の収録までの間で、お芝居のプランニングについて改めて考えたことは何でしたか?

松田
オーディションのときは自分のセリフだけを収録する形でしたが、実際の芝居では会話になるので、「こう言われてるから、ここでこういう心境になるのかな」と、より人物を掘り下げていきました。やっぱり、台詞を受けると相手の言葉に対してどう答えようという考えになりますから、「そうきたか」という感じで芝居は変わりますね。

――収録では幼少期のトルフィンを演じられる石上静香さんとのお芝居が多かったかと思いますが、芝居の遣り取りのなかでどのように感じられましたか?

松田
きっちりとトルフィンという役を理解して、お芝居を作り上げてきているなと思いました。もう本当に素晴らしくて、普通の子供としてのトルフィンから、父親を殺された後の復讐鬼のようなトルフィンまでを見事に練り上げてきていらっしゃいましたので、こちらとしても信頼して、トルフィンに対する芝居をすることができました。序盤は本当に屈託のない男の子で、父親として可愛いなと思いつつも、自分の業に巻き込んでしまった苦しさや辛さを感じている中、トルフィンも結局その業に囚われてしまい抜け出せなくなってしまった姿を見て、本当に辛かった。それだけ石上さんのお芝居が素晴らしかったんです。

――先ほど慈愛という言葉がありましたが、トールズの父親らしさはどのような部分から感じられましたか?

松田
トールズ自身、どこまで自分を父親として自覚しているのか分かりませんが、相手が子供であっても完全に一人の人間として接するところですね。父親というよりは、やはり平等に見ているし、言葉も対等な立場で発する。そこで出てきた「お前に敵などいない」という言葉は、やっぱりトールズとしては本当にトルフィンに伝えたい言葉だったんだろうなと。そこが父親らしいところなのかなと思いました。

――この現場での他の役者から刺激を受けたことは何でしょうか?

松田
アシェラッド役の内田直哉さんやトルケル役の大塚明夫さんといった方々が演じられるわけですから、そのお芝居に負けてはいけないぞ、と非常に刺激を受けました。相手からかけられる言葉を大切に受けて、全身全霊で返すということは心がけました。アシェラッドからこうきたらこう返したくなるという気持ちを引き出していただけたので、やっぱり内田さんがアシェラッドで良かったなという気持ちがあります。

――名役者というのは、やはり返したくなるような言葉を投げかけてくれるものなんですね。

松田
まさにそうですね。相手の芝居にきっちりと「答えねば」という気持ちにさせていただけます。石上さんの場合も、トルフィンが純粋で素直であればあるほど、こちらとしても「お前に敵などいない」という気持ちがセリフにも乗りますから。息子が戦いに飲まれて行こうとするのを必死で止めねば、という気持ちにさせられました。
トールズがトルフィンに残した「本当の戦士」の姿とは?

――松田さんからご覧になって監督や音響監督が特にこだわられていると感じられたシーンは?

松田
亡くなる奴隷にヴィンランドの話をするシーンはこだわられていて、テイクもけっこう重ねました。本当にヴィンランドという国があるということを自分で信じて相手に語りかけ、安心させなくてはいけない。トルフィンが後々言うセリフでもあるので、そこも肝になる部分だったと思います。

――戦闘のシーンではどのようなお芝居を心がけましたか?

松田
トールズ自身はあまり戦闘に対しての意欲は持っていないというか、あまり強く息を入れず、流れるように自然に受け流していく感じですね。トールズがやけに息をつく芝居をしては却って弱く見えてしまうので(笑)。ただ、部分的には力を入れる箇所もあったので、そこでは「セヤッ!」ではなく「ムンッ」と踏ん張るような音で表現するようにしてみました。

――そして残念ながらトールズは倒されてしまいました。ご覧になったときに客観的に見ることはできましたか?

松田
演じている身としては感情移入もしますので、やっぱり辛くはなりましたね。ただ、トールズという人物のことを考えると、いずれ起こることだと考えて生きてきたのかなと。自分がしてきたことの代償は払わねばならないのだから、その意味で言うと自分の周りを守ろうとしたのかな、と。敵でさえ殺そうとせずに守ろうとしていたわけですからね。そして、できることならトルフィンもあの場にいてほしくなかったでしょうし、あんな思いもさせたくなかったはずなんですよね。でも、とりあえず、ここまでは守りきることができた、という思いだったのかな……。本当はもっとしてやりたかったこともあるでしょうし。それを思うと死ぬときのシーンは演じていてやっぱり辛い気持ちになりました。結局、巻き込んでしまったという後悔の気持ちもあったんだろうなと。それが「ヘルガ、あの子を頼む」って言葉に集約されてるのかなって。

――最後に松田さんにとって、このトールズという人物を演じた経験はどのようなものと考えられますか?

松田
こういった重みのある深いキャラクターを演じさせて頂けたことは本当に幸せでした。トールズ自身は戦いの中に身を置いて奪うことしかしてこなかった人間だったのが、愛を手に入れたことで、奪わなくても人は生きていけるということに目覚める。あの世界において孤高でありながらも、それでも人を愛すことをやめなかったトールズという人間のあるべき姿を演じられたことは非常に勉強になりました。ご覧になった方にもそういったことを感じ取っていただけたらと思います。トールズは第4話で亡くなりましたが、作品の内容的にはこのあと何がこの世界で起きていくのかを見ていくのは楽しいです。そこでトールズが言っていた「本当の戦士というのは何であるのか」という思いを、このアニメーションと原作で感じられるのではないかと思います。